1979年 カリフォルニア
ショーダンサーとして働くゲイのルディ(Alan Cumming)
アパートの隣には障がいを持つ少年マルコが
母親とふたりで暮らしていた
母親が男を連れ込むたびに
昼夜問わず部屋の外へ出されるマルコ
ある日その母親がドラッグの所持で逮捕され
マルコは福祉局の職員がどこかの施設へ連れていく
気になりつつも日々の生活に追われていたルディが
夜中に街をひとりで歩いているマルコを発見する
施設を抜け出し家に帰ろうとして迷子になっていた
マルコを引き取って育てたいと奔走するルディと
弁護士のボーイフレンド ポール
たとえどんなにひどい母親でも
実母から子どもを引き離すことは簡単ではない
彼らがゲイであることが、さらにそれを難しくする
70年代に実際にあった話が原作
弁護士、判事、上司、福祉施設の人々
自分をまともだと思っている人が、実は一番やっかいで残酷
自分のものさし、自分の価値観でしかものが見られない人々
自分と違うものを否定し、憎悪し、攻撃する。
最後にポールから届いた手紙を読んだあの人たちは
この問題をどう受け止めたのか?
何が正しくて、何が間違っているのか
子どもにとって最適な環境とはどんなものか
それを判断するのは誰か
悲しいお話なので、泣くのは覚悟して
でもきっと見終わったら人にやさしくなれるはず
http://bitters.co.jp/choco/
公開:2012年4月
原題「Any Day Now」について
"Any Day Now" というフレーズは
劇中でルディが歌う "I Shall Be Released" の
歌詞の中にありました。
Any day now, any day now, I shall be released.
オリジナルはボブ・ディラン。
たくさんのアーティストがカヴァーしていて
シンプルでわりと短い歌詞なため解釈は諸説あるようです。
もともとはRubin Carter事件という冤罪事件の歌で
「今にでも、俺は釈放されるべきだ」と歌っているという説に
説得力があると思いました。
Released は"解放される"とか"自由になれる"とか、そんな感じ。
この映画の中で、ルディはエンディングを少しアレンジしていて
I swear, I swear, my love, we shall be released.
と歌っています。
"I swear"
「自由になれるだろう」ではなく
「自由になる、なってやる」と誓うこと。
そして "Any Day Now" というタイトルは
その日が遠い未来じゃなく
今日にでも、今にでも
という強い決意を表しているのかなと思いました。
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